幼少期にゲームの途中で「ダメ」「違う」「それじゃ負けるぞ」と言われたことはありますか?
- 2023/03/16
- コーチング
こんにちは。
CuoReleaseの廣田です。
あなたは、”ゲーム”は得意ですか?
ゲームと一言で言っても、1対1で行うゲームからチームで行うゲームもありますね。
実は、ゲームの得意不得意は”自己否定感”とリンクしていることがよくあります。
自己否定感が強い方の場合、なぜ自己否定感が強くなったのか、と深堀りしていくと、幼少期にやったゲームの勝敗や周囲の人たちの反応などがきっかけになっていることがよくあるのです。
なぜゲームの勝敗が自己否定感を生み出すきっかけになるのでしょうか?
では早速、詳しくみていきましょう。
本日も最後までお楽しみください。
自己否定感ってどこからきているの?
「私は自己否定感が強くて、全てのことに自信が持てません。なぜ自分はこんなに強い自己否定感を持っているのでしょうか?もともと自己否定感が強いんです。」
そのようなお声を伺うことがよくあります。
お辛いお気持ちはとてもよく分かります。
しかし実は、自己否定感を持って生まれてきた人間はいません。
自分が生まれた時はもちろん覚えていませんが、想像してみてください。
おぎゃー!と生まれてきた赤ちゃんが、「自分は自己否定感が強いんだよな・・・」などと考えているでしょうか?
恐らく考えてはいないでしょう。
それどころか、赤ちゃんはお腹が空いたりおしめが濡れたりすると、周囲の人達の状況は全くおかまいなしで「お腹が空いた!」「おしめが濡れた!」と泣き声をあげて知らせてくれますよね。
そのようなお声を伺うことがよくあります。
お辛いお気持ちはとてもよく分かります。
しかし実は、自己否定感を持って生まれてきた人間はいません。
自分が生まれた時はもちろん覚えていませんが、想像してみてください。
おぎゃー!と生まれてきた赤ちゃんが、「自分は自己否定感が強いんだよな・・・」などと考えているでしょうか?
恐らく考えてはいないでしょう。
それどころか、赤ちゃんはお腹が空いたりおしめが濡れたりすると、周囲の人達の状況は全くおかまいなしで「お腹が空いた!」「おしめが濡れた!」と泣き声をあげて知らせてくれますよね。
自己否定感を持って生まれたのではない
そうです、自分自身のことを「自分はそもそも自己否定感が強い人間だ」と思っている方も、自己否定感を持って生まれてきたわけではありません。
この世に生を受け現在の自分になるまでに、様々な環境を経験し、たくさんの人達と関わり、今の自分ができています。
その過程の中で、過ごしてきた環境や経験体験したこと、人から聞いたことや言われたことの影響を受け、どこかのタイミングで"自己否定感"をインストールしてしまったのです。
しかも、自己否定感がインストールされたきっかけになった出来事は、"根拠の有る無し"に関わらず自分自身が「信じてしまった」ことが発端となっていることがほとんどです。
この世に生を受け現在の自分になるまでに、様々な環境を経験し、たくさんの人達と関わり、今の自分ができています。
その過程の中で、過ごしてきた環境や経験体験したこと、人から聞いたことや言われたことの影響を受け、どこかのタイミングで"自己否定感"をインストールしてしまったのです。
しかも、自己否定感がインストールされたきっかけになった出来事は、"根拠の有る無し"に関わらず自分自身が「信じてしまった」ことが発端となっていることがほとんどです。
ゲームの途中で「自分で考えてもダメなんだ」と思ってしまった経験
さて、では冒頭にお話しした"ゲームの得意不得意"がなぜ自己否定感に繋がっているのかをお話ししていきます。
ゲームの種類はたくさんありますが、ここでは一対一で行う"オセロゲーム”を例に出してみましょう。
あなたは、6歳~7歳の子供です。
オセロゲームが好きで、自分の父親を相手によく対戦をしていました。
最初のうちは良かったのですが、あなたがとても熱心にオセロ対決をするので、父親はあなたのレベルをアップさせてあげようと思い、指導も入った真剣な対決をするようになりました。
あなたはただ楽しく、自分なりに考えながらオセロゲームをしていたのですが、ある時を堺に
「ほら、この場合はそこに駒を置いたらダメだろ!」
「ここでは角を取らないと負けるぞ!」
と父親からきつめの口調で指導が入るようになりました。
自分の考えで駒を置くと、「ダメ!」「そこじゃない!」「もっと考えて!」「このままだと負けるぞ!」次々にきつい言葉が飛んできます。
しかし、父親は決して怒っている訳ではなくただあなたのレベルをアップさせてあげたい、そう思っての行動でした。
ゲームの種類はたくさんありますが、ここでは一対一で行う"オセロゲーム”を例に出してみましょう。
あなたは、6歳~7歳の子供です。
オセロゲームが好きで、自分の父親を相手によく対戦をしていました。
最初のうちは良かったのですが、あなたがとても熱心にオセロ対決をするので、父親はあなたのレベルをアップさせてあげようと思い、指導も入った真剣な対決をするようになりました。
あなたはただ楽しく、自分なりに考えながらオセロゲームをしていたのですが、ある時を堺に
「ほら、この場合はそこに駒を置いたらダメだろ!」
「ここでは角を取らないと負けるぞ!」
と父親からきつめの口調で指導が入るようになりました。
自分の考えで駒を置くと、「ダメ!」「そこじゃない!」「もっと考えて!」「このままだと負けるぞ!」次々にきつい言葉が飛んできます。
しかし、父親は決して怒っている訳ではなくただあなたのレベルをアップさせてあげたい、そう思っての行動でした。
"自分"="ダメ" を信じてしまう
あなたは、徐々にオセロに対して自信を失い、「違う」と言われたくないために父親の顔色を伺いながらゲームをするようになっていきます。
そして、ここからが自分の"思考" ”価値観"を形成することに大きく影響する部分です。
「ダメ」「違う」の台詞は幼少期のあなたの心に深くささり、"自分=ダメ"との思考をインストールしてしまうのです。
"ゲームが苦手"と思っている多くの方が、例にあげたような出来事を過去に経験しています。
自分で考えてゲームを進行したことを「ダメ」「間違っている」と指摘されたり、ゲームに負けた時に相手や周囲の大人達からたとえ冗談半分でも笑われたり、「弱いね」などと言われたりすることは思考・価値観・自分への価値など、心を形成していく大切な幼少期に大きな影響を与えてしまうのです。
そして、ここからが自分の"思考" ”価値観"を形成することに大きく影響する部分です。
「ダメ」「違う」の台詞は幼少期のあなたの心に深くささり、"自分=ダメ"との思考をインストールしてしまうのです。
"ゲームが苦手"と思っている多くの方が、例にあげたような出来事を過去に経験しています。
自分で考えてゲームを進行したことを「ダメ」「間違っている」と指摘されたり、ゲームに負けた時に相手や周囲の大人達からたとえ冗談半分でも笑われたり、「弱いね」などと言われたりすることは思考・価値観・自分への価値など、心を形成していく大切な幼少期に大きな影響を与えてしまうのです。
幼少期に刷り込まれた潜在意識はとても強固
幼少期に経験した、ゲームの途中で否定的な言葉や態度を受けたり、ゲームに負けて笑われたりしたことは
「自分で考えたことは間違っている」
「負けたら笑われる」
との信念となり、あなたの潜在意識の中にしっかりと入ってしまいます。
幼少期に刷り込まれた潜在意識はとても強固なもので、その後の人生で都度都度姿を表します。
"ゲームが苦手”と思っている場合、ゲーム自体が苦手なわけではなく、自分の判断や進め方に自信がなく、勝負に負けると笑われるんだ、との信念から、「自分はゲームが苦手なんだ」と感じているのです。
「自分で考えたことは間違っている」
「負けたら笑われる」
との信念となり、あなたの潜在意識の中にしっかりと入ってしまいます。
幼少期に刷り込まれた潜在意識はとても強固なもので、その後の人生で都度都度姿を表します。
"ゲームが苦手”と思っている場合、ゲーム自体が苦手なわけではなく、自分の判断や進め方に自信がなく、勝負に負けると笑われるんだ、との信念から、「自分はゲームが苦手なんだ」と感じているのです。
あなたの人生の邪魔をする自己否定感
幼少期のゲームをきっかけにインストールされた"自分はダメ"といった自己否定感は、日常様々な場面で現れ、あなたのチャレンジ精神や判断力の邪魔をします。
「自分は何をやってもダメなんだ」
「自分が判断したことで周囲から反対されたらいやだ」
「失敗したく(負けたく)ない」
そのような思考が、あなた自身をガチガチに固めてしまうのです。
「自分は何をやってもダメなんだ」
「自分が判断したことで周囲から反対されたらいやだ」
「失敗したく(負けたく)ない」
そのような思考が、あなた自身をガチガチに固めてしまうのです。
勝負に負けたのではない、"チャレンジ"したんです
あなたは本当に"ダメ"な人間なのでしょうか?
チャレンジに"失敗"したら、それはいけないことなのでしょうか?
あなたが判断を出したことに、たとえ周囲が反対したとしても、"自分で判断した"こと自体にとても高い価値があるのではないでしょうか?
「自分は自己否定感が強いなあ」と思われている場合、「もしかして子供の頃にしていたゲームが影響しているかな?」と思い出してみることも良いと思います。
もし、幼少期のゲームの時に周囲の大人達から"ダメ" "下手"などと言われたことを思い出したら、
「自分自身=ダメではない」
「負けではない、チャレンジだ!」
「自分で判断したことに、誇りを持って良いんだ!」
と捉え方を変化させてみてください。
そしてこう思い直してみることもおすすめです。
「あのゲームの時の取り巻きは、なんだかうるさかったな」とね。
本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回のブログもお楽しみに!
チャレンジに"失敗"したら、それはいけないことなのでしょうか?
あなたが判断を出したことに、たとえ周囲が反対したとしても、"自分で判断した"こと自体にとても高い価値があるのではないでしょうか?
「自分は自己否定感が強いなあ」と思われている場合、「もしかして子供の頃にしていたゲームが影響しているかな?」と思い出してみることも良いと思います。
もし、幼少期のゲームの時に周囲の大人達から"ダメ" "下手"などと言われたことを思い出したら、
「自分自身=ダメではない」
「負けではない、チャレンジだ!」
「自分で判断したことに、誇りを持って良いんだ!」
と捉え方を変化させてみてください。
そしてこう思い直してみることもおすすめです。
「あのゲームの時の取り巻きは、なんだかうるさかったな」とね。
本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回のブログもお楽しみに!
WRITER
-
- 廣田 左希子SAKIKO HIROTA
-
- 日本実務能力開発協会 認定コーチ
資格第COY-Ⅰ-221081号 - 上級心理カウンセラー資格
- 日本実務能力開発協会 認定コーチ
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